ぷちリチュアルな日々

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優位感覚

こんにちは、麻夢です♪

月曜日のテーマは「ヒーリング」です。

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ヒーリングやアチューンメントを受けていると、いろんなビジョンが観えることが多いです。それは私の場合、映像で視覚的に見えることが圧倒的に多く、他には、ギリギリっとかジャーっとかいう感触だったり、甘酸っぱい味や香りだったり。でも音や言葉は滅多に聞こえないので、たまに聞こえるとむちゃくちゃビックリします。

こういう現象って、どうやら "優位感覚" が影響しているみたいです。優位感覚とは、感知した情報をどの感覚をメインで使って認識しているか… "五感の使い方のクセ" のようなものです。

優位感覚には、視覚Visual)、聴覚Auditory)、嗅覚・味覚・触覚をあわせて体感覚Kinesthetic)があり、それぞれ頭文字をとってVAKと呼ぶそうですが… 私には馴染みがないので日本語の方で書きます (^^;)

私はかなりの視覚優位です。聴覚はほぼ皆無… 体感覚は恐らく、後から成長したものと思います。

私が初めて「人によって感覚の得意・不得意があるのではないか」と思ったのは、高校生のときでした。きっかけは、大学受験の勉強の仕方について、父から不思議な怒られ方をしたことです。

父が言うには、教科書は声に出して読み上げ、それを録音して何度も繰り返し聞く、そうしないと頭に入るわけがない、らしいのです。おそらく、父は完全に聴覚優位で、言葉・理論での情報収集が得意だったのでしょう。

それに対して私の勉強の仕方は、教科書をただ眺め続けるだけ…教科書を写真のように覚えるのです。図解や写真をそのページの配置と一緒に覚えて、その補足として説明文が紐づけされたような覚え方をします。さらに図解や写真は、イメージの中では動画になっているのです。

父は「教科書を眺めるだけで頭に入るわけがない」と怒ります。私は「文字だけで読んでもわからんやん」と不思議に思いました。父と私とで勉強の仕方が違うことを知って、初めて私は、自分の中に情報を取り込むとき、映像に置き換えていることに気付きました。でも優位感覚なんて知らなかったので、それが個性だとわからず「言葉が直接頭に入るなんて父ちゃんすげぇ」とか「私ってバカなんだな」とか思ってました (^^;)

私の思考には、常にビジョンが伴います。今日する予定も、いつかやりたいことも、すべて映像化していて、それが映像化できないとき「やり方がわからない」「できない」と感じ、迷います。そして映像化できる情報を探しては、その都度修正を繰り返します。過去を思い出すときもすべて映像で、映像が出てこないことを「忘れた」と呼びます。

視覚に頼りっきりで困ったことは、思ったことやプランを人に説明するのが難しかったことです。若い頃はよく「面白いこと言うね」「天然だね」とか言われてたのですが、たぶん、私の思ってること(映像)→ 相手に伝えること(言葉)の変換が、とっても下手くそだったんだろうと思います。

学生のうちはそれでも良かったのですが、社会に出てそのままでいるわけにはいかず… 補うために自分なりに努力して身に着けたのが、体感覚です。どんな風に伝えれば相手に響くか試行錯誤するうちに、自分の見ている世界を見るだけではなく、体感覚でも感じるよう研ぎ澄ますことで、その体感覚から選ぶ言葉が広がって、ある程度、人にうまく伝えられるようになりました。

ただ、聴覚優位の人との会話は難しく感じることがあります。ひたすら理詰めで長々と論じられると、私の中の映像化&処理能力が追い付かないので理解半分… (- -)?

「聞いてなかったの?」と言われないための対策として、キーワードを "話を聞いている瞬間の環境" と一緒に記憶します。これで自分の中に映像として取り込めるので、後からでもその内容を思い出せます。一方的に聞き続ける講義や会議も苦手なので、同じ対策を取ってます…(^^;)

子供のころから音楽をしていて、絶対音感もあるのに、どうやら聴覚が一番下手くそらしいことに気付いたときはショックでした。五感の使い方の話だから、そういうことじゃないのでしょうけどね。

…あれ?じゃぁ言葉で書き綴るブログって、もしかして私、とっても苦手なんじゃ… (^^;)?

まぁとにかく、セッションなど、人と話をするときには、相手の話を捉えるためにも、自分の考えをより正確に伝えるためにも、優位感覚というものがあるってことは知っておいた方がいいと思います。

 

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